昔から「タモリ」が好きだ。
ホントウはぼくが高校中退した17歳あたり(1981年前後)からガーーッと世の中を席巻したあのテンションの高い時代が好きだった。なかでも『今夜は最高!』が好きで、この番組のビデオは30回分くらい残っていて、いまでもたまに見るくらいなのだ。だから、いまのゆるいタモリに不満もある。まぁそうは言っても仕方がないことだし、たまに濃い部分をのぞかせることがある『タモリ倶楽部』は今でも楽しく見ている。

今夜は最高0

今夜は最高1


昨日、吉本芸人キングコング西野のブログに、タモリと呑んだときの話が載っていると聞いた。キングコングは漫才や司会進行をおもしろいと思ったことがなくあまり好きじゃないのだが読んでみた。するとこんな良いエピソードが書かれてあった。

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タモリさんのお友達にカウントベイシーの大ファンがいて、好きが高じて「ベイシー」という呑み屋を作ったのだとか。
店にはベイシーの音楽が流れ、壁にはベイシーのポスター。
ど田舎に、さらに趣味に寄せて作ったもんだから、繁盛とは無縁の営業。
それでも20歳の頃から続け、ほそぼそとした30年の月日が流れた。
常連で固められたそのお店、おかしな時間に扉が開くとそれは一見の客。
その日、おかしな時間に店の扉が開いた。
そこで入ってきた一見さんは、カウントベイシーその人。
日本の、しかもど田舎にだ。
想い続けて30年、その人はゴールテープを切ったわけだ。
「こういう事があったんだよ」と話を締めたタモリさん。
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タモリが遠回しに「あせるな」ということを教えてくれた、という話である。いい話である。読んだあと、このエピソードを紹介してくれた西野のポイントがぼくの中で少し上がった。
しかし、「あれ、このベイシーという店の話は聞いたことがあるぞ。それも大筋は合っているが、そこまで劇的な話じゃなかったような…」と気がついた。
そう、西野はずいぶん勘違いしていると思うのだ。

まず「呑み屋」のベイシーじゃなくって「ジャズ喫茶」のベイシーだ。ベイシー好きが高じてできたこの店は岩手県一関市にあり、けっこう有名である。タモリの友人というのはジャズ関連で早稲田大学時代の先輩の菅原昭二氏。ここまで一致していて、別の友人のエピソードということはさすがにないだろう。あったら逆にすごい。
ぼくの記憶では、菅原氏は店を出す1年前の1970年前後に名前を使う許可をもらうため、すでにカウントベイシー本人に会っているはずだ。本人がお店にやってきたのは10年後くらいだったと思う。ベイシーは84年に亡くなっているから、30年後じゃ全く計算が合わない。

これ、人に聞いた話を自分が納得できるように都合よく解釈してしまう、再構築してしまう、という好例じゃないだろうか。
たぶんこういったいい話は、タレント性を考えるとタモリ自身では話さないと思う。ということは、今後この話が一人歩きして事実として語られてしまう可能性がある。さてどうなるだろうか。
あっ、でも、ひょっとすると、タモリが話を加工して語った可能性もあるかもしれないな。

そうそう、ベイシーの店主の本がちょうど出ていた。どうやらオビの推薦文を書いたのがタモリらしい。タイムリーなのでさっき注文してみた。なにか関連することが載っていたらここで報告することにしよう。

サウンド・オブ・ジャズ!―JBLとぼくがみた音サウンド・オブ・ジャズ!―JBLとぼくがみた音
菅原 正二


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