vagabondな社長Blog

相場のことからJAZZのことまで

身辺雑記

里親ワンコの話

前回の日記の続き(のようなもの)

1日、サントリー美術館で「水と生きる」を観賞後、近所に住む友人のデザイナーにひさしぶりに会おうと思ってケータイで電話。
すると「いま福生にいるんですよ。実は犬の里親ボランティアをやってるんです」とのこと。犬をふたたび飼い始めたというのは年賀状で知っていたのだが、ボランティアってなに? と思い聞いてみると、いまペットにはさまざまな問題があるということをはじめて知る。ぼくはテレビをあまり見ないし、新聞も最近読まなくなったので知らないことが多いな。

いぬ1


彼が「犬のブログをはじめました」というので家ですかさず読んでみると、なかなかいい話というかペットについて考えさせられる内容であった(写真はブログ「アンジェロの日記」より)。
これからペットを飼おうと思う人は里親という選択肢もあるということを頭に入れてほしい。それに、犬は純血種より雑種のほうがかわいんじゃないかなぁ。


○彼の犬ブログ「アンジェロの日記
○ペットのボランティア「千葉WAN

いぬ2


7/12の追記)コメントにあるとおり、ペットの保護ボランティアは、不幸だった犬猫が再度不幸にならないことを最優先するため、里親希望者への審査は少々きびしいものになっているそうです。

Now's The Time いまにも目を向けろ

ミッドタウン


1日の日曜日、知人夫婦とその友人とおちあって、六本木の東京ミッドタウンにあるサントリー美術館へ行った。
防衛庁跡のこの地は、2004年9月に近所に住む友人デザイナー宅を訪ねたときは、まだまだ工事中だったはずだが、またすごいのができたもんだ。おまけに人出もすごい。

観賞後食事をして午後別れたあとは、友人デザイナーにひさしぶりに会おうと思って電話。するといま福生に出かけているとのこと。これに関していい話があるので、これはまた今度書く。
じゃぁこのあとどうしようかな、と思っていたら、これまた最近オープンした国立新美術館が近いことを思い出した。いまは、「TOKYO illustration 2007」や「MONET 大回顧展モネ」が開催されているはず。

国立新美術館


120分待ち


それにしても日本人は印象派が好きだね。モネは120分待ちだそうだ。すいていれば見ようと思ったがやめて最初からの目的「TOKYO illustration 2007」のほうへ。ぼくはモネを嫌いではないが、120分も並んでまで見たいと思わない。過去の名作もいいけれど、みんな現代のものをもっと見てほしいな。
イラストレーションは商業アートの面が強いけれど、すばらしいものが多いぞ。

イラスト展


プロの作品の数々もさることながら、一般公募による入賞・入選作品も楽しい。
もう、しっかりプロとしてやっているなという人から、完全に学生で勉強中のような人まで。ただしそのレベルはみんな高い。将来イラストレーターとして順調にやっていけるかどうかは、料理における塩加減みたいなところをキチンとやれるかどうかが重要だろう(自分のことは棚に上げてえらそう)。
9日までなので、近くに行った人はぜひ見よう。

それにしても、黒川紀章の設計したこの建物も見物。やっぱヤバイ人じゃないとこーはならないよな。


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「TOKYO illustration 2007」
世界に誇る日本のイラストレーションの現在とさらなる可能性をご体感ください。
2007年 6月27日[水]〜7月9日[月] 国立新美術館 2B
この展覧会では、『TOKYO illustration 2007公募』による入賞・入選作品約130点に加え、TIS会員の作品約200点、また特別企画として、往年に活躍された名イラストレーターの作品約25点、小学生を対象としたワークショップ作品を展示します。
これは、イラストレーションの未来を担う子供から若者、現在中心となって活動しているイラストレーター、そして、往年において活躍された方まで広く網羅するものです。

ちょっと前の日記から

自分の過去の記録を調べていたら、某所で書いていたぼくの日記に警察のことが書いてあった。以下の文は、2005/09/16(金)の日記を少し加筆修正したものである。

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10年くらい前に仕事で池袋にクルマで行ったとき、駐車違反でレッカー移動されてしまった。当時日本一駐車違反に厳しいといわれた「目白警察署」に取りに行ったところ、「拇印を押しなさい」といわれた。押さないと返してくれないので仕方がなく押したのだが、そのあとすぐにコンピュータに入力し、なにかを照合をしていた。おれ別に犯罪者じゃないんですが、なんかこえーなーと思った。
ちなみに美容師は、シャンプーのしすぎで指紋が無いそうだ(2007年の注:そういえばこれって、話だけ聞いて指を見せてもらわなかったな。それってホントか? 今度見せてもらわねば)

同時期、『クオリティブリテン』という英国を紹介する雑誌のアートディレクションをぼくがやっていて、その取引先である編集事務所があるビルは赤坂にあった。そして、オウム真理教の早川が捕まった事務所は、なんとその事務所の隣の部屋であった。部下は住居侵入の罪で捕まったわけだが、別件逮捕の口実だったとはいえ、同じビルに出入りしていたぼくも同罪になってしまうわけだな、う〜む。

「ますます治安は悪化」ってマスコミは騒いでいるが、最近夜間メシに食いに行くときは行きも帰りも2人組になってチャリでパトロールしている警察官を必ずといっていいほど見る。治安維持のためにがんばっているなぁと感心する。まぁ、これは東京だけかもしれないけれど。
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上記の引用文最後の件に注目。この日記の少し前から地道なパトロール強化がされており、これが現在の犯罪減少につながってきたんじゃないか。そんな気がするのだ。

次回はトレードに関するいい日記があったのでそれを紹介する予定。

知恵熱な状態

16日にまたもやトレーダーの呑み会に参加。
今回は商品先物のトレーダー中心。専業トレーダーが6人以上もいて、全部で16人ほどが集まる。ちなみに今回はスモーカーが1人だけいた。まぁ、前回のメンツが10人はかぶっているので当たり前だが、それでも少ないといえるだろう。

今回いろいろ話していて考えさせられたことがある。ほとんどの人が「ああ、この人はトレードが好きで、一生をやっていける人だな」と思ったのだ。おれのキャリアは長い方だし、これまで真剣にやってきたつもりだが、なんつーか気持ちの入り方が違うんだよな。この人たちと比べるとおれは「いま、たまたまトレードをやっている人」にすぎない気がしたのだ。仕事への適正度ってやつだな。
今回のメンバーでおれ側の人は4人くらいかな。1人はどっちにでもいきそう。それ以外の人は、生涯やり続けるんじゃないか。
それにしても、トレード向きの人が日本にこんなに存在するようになったこともスゴイと思った。

フリマ0

翌日、ウチに泊まった友人を駅まで送ったあと、駅のあたりを1人で散歩した。 駅近辺のビルの間でフリーマーケットが開催されていたので、ぶらぶらっと見てきた。
小規模ながらも、フリマ歴が長そうなナチュラリスト的な人と初心者まるだしの人が混じっていて、おもしろい。

アロハ


古着のアロハ3枚購入。右のやつはXLとあったのに小さいので「あれ?」と思ったがKidsサイズだった。
ステンレスのワインオープナーとスキットル購入。以前持っていたスキットルは、スキー場で紛失したのでちょうどよかった。

kuroink

男性イラストレーターのポストカード6枚。ポップな絵と痛いイメージの絵の両方があった。まだ自分に迷いがある気がするが、エールを込めて購入。
現役武蔵美生が似顔絵描きしていたのでお願いする。似顔絵はデフォルメしたマンガチックなのが多いが、彼女は正統派なのが珍しい。ぼくの似顔絵は、「あぁ、やっぱおじさんに見えますか」って感じで少しがっかりしたが、センスいい絵を描くコだった。ついでに彼女の描くイラスト的なものも購入。学生の可能性ってすごいと思う。

似顔0


「やっぱアートの世界はいいな」「おれは生涯やるならアートのほうだな」なんて思いつつ、「そろそろどっちかに重点を移して、もっと上を目指すべきじゃねーのか」とか、42にもなって職業vagabonderのぼくは考えているのであった。
いろいろな考えがぐるぐるまわってアタマが熱い。そしてこんな感覚も悪くないのである。

統計に詳しい人も感覚でモノを語ってしまう

警備の話を書いたのでついでに治安の話。

「日本は昔とちがって治安は悪化し、どんどん物騒になっている。」
これが一般的な認識のようだ。毎日マスコミで報道される犯罪の数々を見聞きしていると、だれもがそんな気になるのもしかたねーか。
数年前、ぼくが編集した投資本の著者で統計にも詳しいはずの人が、「どんどんいまの日本は凶悪な犯罪が増えている。昔はよかった」という発言をして驚いた。
本当にそうなのか?

犯罪グラフnew


このグラフは『警察白書』と『犯罪白書』に掲載されている「凶悪犯罪」の数値データに基づいて作成したものだ(昭和2年以降)。凶悪犯罪とは「強盗」「殺人」「強姦」「放火」の合計である。犯罪のくくりが途中から微妙に変わったりしていたのを、なるべく揃えてある。

これを見ると、戦後にガツンと増えてそのまま増え続け、昭和25〜27年にピークを迎えている。その後人口がどんどん増えるにもかかわらず、凶悪犯罪はものすごいスピードで減り続け、平成元年にボトムを迎えているのだ。たしかにバブル崩壊後の日本は、景気の悪化とともに凶悪犯罪も増え始めたが、それでも昭和41年を下回る(実際は返還された沖縄分が昭和47年から加わっているのでそれも考慮するべき)。そして、どうやら平成15年で再び天井を打ったと思われる。

そう、あの『三丁目の夕日』の時代よりも、現代のほうが安全なのだ。驚く人も多いに違いない。

先日、同じ年の友人と話した会話
「おれらがガキのころは通学路とかにヤバイ目をしたオッサンとかよくいたよな」「そういえばすぐに裸を見せる変質者もけっこういたぜ」「夜道は暗かったしなぁ、そりゃ昔のほうが物騒だろ」

ただし、窃盗はいまのほうが増えているんで、これは要注意。戸締まりには気をつけるべし!

とつぜん警官が警備をした家

先月中旬〜末あたりから、近所のヌケ道のところにある家の前で、警官2人が警備をしていた。機動隊が使うようなハードな楯や警棒まで装備していてものものしい。
数日後、通行したときもいつも同様の状態。もしかするとこの近辺で事件でもあったのかと思い、警官に訊ねると「いえ、事件じゃありません。最近この家が警備対象になったんです」との答え。

どういうこと?と思ったが、なんとなくそれ以上聞けない雰囲気なので家に帰って検索してみると、なんと成田国際空港会社(NAA)の次期社長の家であった!
なるほど、さまざまな政治的な問題があるから警備対象になるのか。たいへんなもんだな。今月10日前後からは、警察の詰所みたいなものまでできていて、常に1人は警備している。

「この家、セコムに入ってるけれど、いらなくなったな」という感想をもらしたのは、一生警察による警備には無縁な凡人のぼくである(家もセコムには入ってるけれどね)。

継続は力なり〜宣伝も力なり1

うちから歩いて数十歩のところに、「ラ・フレッチャ」というイタリアンレストランがある。オープンは2004年4月6日。→HP

ラフレッチャ1


イタリアンは大好きだし近場でよいのだが、以前夜に数回訪ねたときは本格イタリアンとしては特筆するほどでもないかな、ランチだとぼくにはボリュームが足りないな、という理由から2ヵ月に1回程度うかがう程度だった。

この場所は老夫婦がやっていたお好み焼き屋の跡地。最寄りの駅から6分ほどで、まわりには商店街はなく、会社も少ない住宅街。だが近場でメシを食えるところが蕎麦屋とデニーズだけ。
こんな立地だからおいしいと認知されれば流行るだろうが、そうなるまでは時間がかかるしキビシイだろうなと思っていた。現にランチタイムでお客さんがぼくだけなんて日もけっこうあったのだ。

さて、最近になって夜に店の前を通りかかると、常にけっこうお客さんが入っているようである。
「ひさびさに行ってみるか」と先週木曜日のランチタイムにうかがう。すると驚いた。12時前にもかかわらず、満席だったのだ。
つづく

ラフレッチャ2

月曜日お昼は和食day

いまやインターネットのせいで、真の意味での隠れ家的なお店がなくなっちまった感がある。

21年前に同僚のデザイナーに教えてもらった当時は希有なイタリアン(本当は地中海料理)のお店「カッチャトーレ」。ここはぼくが大好きなお店なんだけれど、ときわ台なんていう、板橋や練馬の区民以外いかねーだろという場所にもかかわらず、いまではネット検索するとヒットしちゃうほどだ。むかし「看板のない店」特集でテレビに一度でたときは(ほんとうに看板がないんだぜ)、常連に文句を言われたほどの真の隠れ家なのに、である。最近は「おぎやはぎ」がテレビで紹介しちゃったらしい。
まぁ、いまやときわ台は遠くなったせいで、なかなかお店にいけないので困らないのだが。

で、いまはお気に入りの新宿の和食「菊うら」も有名になりすぎてしまった。
今日も11時半のオープンに間に合わず、45分ころついたら満席。並ぶのが嫌いなぼくにもかかわらず、今日の気分は「和食!和食!和食!」だったので、ガマンをして列の最後に。
今日は1200円の日替わりにする。金目と里芋の煮付けと刺身。この料理、見た目はフツーにみえるかもしれないが、職人のワザが光る侮れないうまさなのだ。すごくうまいぞ。ぼくはいい年して、いつもごはんを2杯おかわりしてしまうのだ。さほど広くないオープンキッチンの中、6人の板さんがきびきび働く姿も気持ちよい。

残念なのはこの店、夜は予約がすごくとりにくい。そしてここ1年半オンナなしの身分なので、夜に1人でコースってどうなんだ、ってことでお昼だけにしてることがもっと残念なんだよな(笑)。

菊うら1

菊うら2

菊うら3

確率〜トレードと人生においての使い分け3

5月16日の日記の続きがねーじゃねぇか!とおしかりを受けた。
長い落語なんかでは、ノらないときに話の途中で切っちまうって手があるんだが、そのつもりだったがそうもいかねぇか。


先日の話の最後は「確率的にはこっちが有利だ」とわかったところで、これを人生において常に応用できるとは限らない。と結んだ。
ゲーム内容を具体的なモノに変えてみよう。

あなたはゲーム番組に出演している。ベールで隠された3つの賞品の中から1つがもらえる。当たりはなんと1000万円だ。
あなたが最初に選んだのは1番。すると司会者は2番をオープンした。それはハズレのティッシュペーパーだった。ここで司会者はあなたに「よければ、3番に変えてもいいですよ」と言ってくる。この誘いを受けて3番に乗り換えるべきか? 最初選んだ1番のままがいいのか、あぁ1000万円はどっちなんだ!?

確率的に正しい行動は、先日書いたとおり「3番に変える」である。
最初選んだときの当たりの確率は1/3。変えれば当たる確率は2/3。とうぜん変えた方がいいに決まっている。
しかしだ。このようなクイズ番組にあなたが出演できる機会は、一生のうちに1回あるかないか。試行回数の少ないものは確率の範囲に収まるわけがない。
だから高確率に賭けてオープンするベールを変更しても、あたりまえのようにはずれることはあるだろう。そのとき、「変えなければ1000万ゲットだったのに」と奥さんや友人に言われることは避けられねぇだろうな。「意思を変えて1000万円をフイにしたバカ」よばわりされるかもしれない。
このように1回しかチャンスがないものには、有利な確率というものもただのヤマカンとさほど変わらないもののように思えてしまう。もちろんトレーダーならば「てやんでぇ、確率に賭けて悔いなしだ」とはずれてもうそぶける鉄の意思がほしいところではあるが。

さて、本来確率の優位性が応用できるはずのトレード(相場)やギャンブルでさえも、きっちりと注意しなくてはいけないことがある。おっと、やっと続きらしくなってきたね。
もちろん、トレードやギャンブルをやるには、こういった勝負事の有利不利を知っておくことが重要だ。だが、マネーマネジメントができない人は優位性を知ったところでまったくのムダなのである。1〜2回で資金をぶっ飛ぶような張り方をしている人、そこまでではないけれどそれに似たような多くのトレーダーは、試行回数を積んでいくことができないからである。
さっきの1000万円ゲームの人と同様、確率による優位性を活かす前にゲームオーバーになってしまっては意味がないというわけなのだ。

これでなんとかまとまったかね。ええ〜、おあとがよろしいようで。

11人いる! ふたたび

これから書くことは、萩尾望都の有名マンガについてではない。

6月2日に、友人のメッサーラさんから誘われて「システムトレーダー」の呑み会に参加した。
行ってみると土屋賢三氏、シュンくん☆、谷口氏といった旧知の顔ぶれが揃っていた。
この日の主催はいちのみやあいこさん。彼女もシステムトレーダーで、投資本もだしていてセミナーもわかりやすいと評判らしい。家に帰ってから名刺を見て気づくのだが、夕凪氏やBart氏も株の世界では有名な方のようだ。最近こちらの世界に全くうとく、おのれの不明を恥じるばかりだ、申し訳ない。

ところで、昨年も11月末に先物トレーダーの集まりに参加したことをこのブログで書いた。その酒の席でものすごく驚いたのは、出席者計11人(30代中盤から40代中盤という年齢構成)がすべて非喫煙者だったことだった。

で、今回は株式トレーダーが中心のこの集まり。偶然だが、ぼくを含めて参加者は11人であった。
そして今回も、全員非喫煙者なのだ。またもや驚いたのであった。

タモリがジャズレーベルをたちあげた

ふたたびこのブログだけで旬なタモリの話題だ。
先週末に放送された『タモリ倶楽部』の空耳アワーで、タモリが安西肇にチラッと発言した内容。

「3000枚売れれば十分いけるのよ」
「ジャズレーベルおれ作っちゃったの」
「細々とやろうと思って立ち上げたんですよ」

おお、3000枚ってのはリアルな数字だぜ。

ぼくの2002年年賀状には、「今年マイルストーンズはジャズレコード会社になるらしい」と書いてある。
出版と同じノウハウでジャズ専門のレコード会社をやろうと思い、ぼくも当時まったくタモリと同じようなことをあちこちで話していたことを思い出した(もちろんうちの会社の定款には、レコード会社という項目も入っている)。
ジャズはポップスと違って制作費が大きくならないし、零細出版社のノウハウでいけると踏んでいたわけだ。デザイン等のグラフィック関係は自分でできるわけだから、ブルーノートレーベルのように統一感を出して現代のリード・マイルス(のちにカメラマンとして有名になったグラフィックデザイナー)でも目指すか、なんて考えていたのだ。
口だけじゃなく、いろいろ勉強したり交渉したりと動いてみたんだが、権利処理はほぼわかったんだが、ミュージシャンとの契約がなかなか難しく(こちとら経験がないわけだからな)、結局1枚もリリースできずに現在に至る。


タモリのジャズレーベルというのが「ONE」だ。

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鈴木良雄トリオfeaturing海野雅威

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タモリと、名ベーシスト鈴木良雄に、有名プロデューサー伊藤潔、独立系レーベル55 Records代表の五野洋による強力なチーム。伊藤氏以外は、ベイシー店主と同じ早稲田大学つながりだ。こんな有名どころが揃って「細々やる」っていってるんだから、やっぱぼくには無理だったかもしれん。
まぁでも会社を潰すまでには、ぼくもなんとか1枚くらいはだしてぇな。

コメントスパムは六本木ヒルズがお好き?

ちょいと忙しいので間が空いてしまった。
この1ヵ月にいろいろおもしろい出来事があったけれど、まだ忙しいのでそれはまたそのうち書く。

ところでちょっとした疑問。
なぜコメントスパム(comment spam)が昨年の日記「IT業界は六本木ヒルズ、デザイン業界は青山」にひんぱんにつくんだろうか? 有力なキーワードは下の4つだが、いちばん有力なのは六本木ヒルズと見た。

六本木ヒルズ
IT業界
青山
デザイン業界

さて、例のコメントスパムは、六本木ヒルズをタイトルに入れたこの日記にもつくのかね? 
もちろん、みなさんはそんなものは踏まないようにしていただきたい。

タモリがキンコン西野に話したエピソードの元ネタを発見

水曜書いたブログの件で注文した本が、翌日の木曜日午後に届いた。はええな。
あらためてネット時代の書籍注文はスゴイと思うね。

結論から言うと、キングコング西野はタモリの話を大きく聞き間違えたか、タモリに大きく脚色された話を聞かされたかのどっちかである。後者の可能性もけっこうあるかもしれん。害はないもんね。

詳細は『サウンド・オブ・ジャズ!―JBLとぼくがみた音』(菅原正二著、新風社刊)の72ページから始まる「ベイシーが「ベイシー」にやって来た!!」にある。

-----------------
世の中には“最高”で“最低”の話というものがあるものだ。
ぼくは、いつかは“本物”のカウント・ベイシーが「ベイシー」のドアを開けて入ってくるのではなかろうかと“空想”をして暮らしていた。
10年が過ぎた1980年(昭和55年)の春にこの空想はついに現実のものとなった。
なったのはいいのだが、いざその時になって、それまでのぼくの空想に重大な欠陥があったことに気が付き、愕然とした。
(中略)
よく考えれば、そんな馬鹿な話が現実にあろうはずもない。
現実はこうであった。
タバコをふかして待っているはずのぼくが、なんとしたことか、バスに乗ってベイシー楽団と一緒に「ベイシー」に来てしまったのだ!! (後略)
-----------------

タモリが西野に言って聞かせた話は、ほぼ(中略)の部分である。
興味がある人は購入するか、立ち読みをされたし。

いやぁ、なにはともあれまだ100ページも読んでいないが、内容も文体も非常におもしろい本だ。オーディオマニア、ジャズマニア、必見です。上記2つに入っていない人も読むべし。

サウンド・オブ・ジャズ!―JBLとぼくがみた音サウンド・オブ・ジャズ!―JBLとぼくがみた音
菅原 正二


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タモリの伝説

せっかくだからタモリのことをもう少し。

サングラス姿のタモリしか知らない若い世代によって、いろいろな憶測が飛び交っている。先日イカ天の件でも問題にした『ウィキペディア(Wikipedia)』の「ノート:タモリ」の項を見ると、失明についての議論がされていた。

ただこの件は、デビュー当時にさんざんメディアで露出済みなのだ。何をいまさらの感が強い。右目の視力がないことは、タモリを世に送り出したジャズピアニスト山下洋輔氏のエッセイや評論家平岡正明氏の著作にも普通に書かれていたことなのだ。下の本2冊には、タモリデビュー当時のいきさつがたくさん書かれている。絶版本なので手に入れづらいが読めばけっこうwikiは間違っているのがわかるはずだ(いくつかぼくもwikiに書き込んだのだが、編集合戦に巻き込まれて消されてしまった)。

タモリだよ
ピアノ弾きよじれ旅

そしていまや「なぜサングラスをしてるんですか」などと聞く人もいないだろう。完全に「タモリ=サングラスでテレビに出ている人」と認識されているため、あえて言う必要もないから言わないだけであり、別に隠しているわけではないと思う。

それから、サングラスをしていない姿も昔は珍しくなかった。90年ごろまでは女装や物まねをするときはひんぱんにはずしていたのだ。右目をそんなに隠すつもりはなかったことの証拠だろう。
87年4月に放送された『今夜は最高!』の総集編では、過去の放送でさまざまな人物や動物に扮した姿がでてくるが、そこではピンクレディーや、チャーリーズエンジェル、大橋巨泉、竹村健一、女形、ドラキュラ等、15ものタイプのサングラス無しタモリを見ることができる。

今夜は最高ピンク

今夜は最高チャーリー

今夜は最高巨泉


『今夜は最高!』は、1981年4月〜1989年10月まで続いたパイオニア一社提供による30分のバラエティショー。ステレオ放送が珍しい時代でもあり、いかにもオーディオビジュアルメーカーがスポンサーらしい番組であった。
内容はタモリが番組ホストとなって、女性ゲストと男性ゲストが毎週一人ずつ呼ばれ、コント、トーク、ミュージカル、歌などを織りまぜた豪華なバラエティショーだった(1回の収録に3日もかけていたという)。この番組のために、大学時代からしばらく遠ざかっていたトランペットを吹くことになる。
昭和60年度民間放送連盟のテレビ娯楽番組部門最優秀賞を受賞した「オペラ昭和任侠伝」の回はいまでも語りぐさになっている(下の写真はフィナーレ部分だ)。和田アキ子と斎藤晴彦がゲストで、コント、トーク、芝居、歌とすべてがバチッと決まったスゴイ回だった。これがきっかけとなって、アングラ俳優の斎藤晴彦はKDDのCMが決まったほど。
なお、すごく充実しているファンサイトがある。いったい、どんな人が運営しているんだろうか。

今夜はオペラ任侠

タモリ〜情報が間違って伝わるということ

昔から「タモリ」が好きだ。
ホントウはぼくが高校中退した17歳あたり(1981年前後)からガーーッと世の中を席巻したあのテンションの高い時代が好きだった。なかでも『今夜は最高!』が好きで、この番組のビデオは30回分くらい残っていて、いまでもたまに見るくらいなのだ。だから、いまのゆるいタモリに不満もある。まぁそうは言っても仕方がないことだし、たまに濃い部分をのぞかせることがある『タモリ倶楽部』は今でも楽しく見ている。

今夜は最高0

今夜は最高1


昨日、吉本芸人キングコング西野のブログに、タモリと呑んだときの話が載っていると聞いた。キングコングは漫才や司会進行をおもしろいと思ったことがなくあまり好きじゃないのだが読んでみた。するとこんな良いエピソードが書かれてあった。

-----------------
タモリさんのお友達にカウントベイシーの大ファンがいて、好きが高じて「ベイシー」という呑み屋を作ったのだとか。
店にはベイシーの音楽が流れ、壁にはベイシーのポスター。
ど田舎に、さらに趣味に寄せて作ったもんだから、繁盛とは無縁の営業。
それでも20歳の頃から続け、ほそぼそとした30年の月日が流れた。
常連で固められたそのお店、おかしな時間に扉が開くとそれは一見の客。
その日、おかしな時間に店の扉が開いた。
そこで入ってきた一見さんは、カウントベイシーその人。
日本の、しかもど田舎にだ。
想い続けて30年、その人はゴールテープを切ったわけだ。
「こういう事があったんだよ」と話を締めたタモリさん。
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タモリが遠回しに「あせるな」ということを教えてくれた、という話である。いい話である。読んだあと、このエピソードを紹介してくれた西野のポイントがぼくの中で少し上がった。
しかし、「あれ、このベイシーという店の話は聞いたことがあるぞ。それも大筋は合っているが、そこまで劇的な話じゃなかったような…」と気がついた。
そう、西野はずいぶん勘違いしていると思うのだ。

まず「呑み屋」のベイシーじゃなくって「ジャズ喫茶」のベイシーだ。ベイシー好きが高じてできたこの店は岩手県一関市にあり、けっこう有名である。タモリの友人というのはジャズ関連で早稲田大学時代の先輩の菅原昭二氏。ここまで一致していて、別の友人のエピソードということはさすがにないだろう。あったら逆にすごい。
ぼくの記憶では、菅原氏は店を出す1年前の1970年前後に名前を使う許可をもらうため、すでにカウントベイシー本人に会っているはずだ。本人がお店にやってきたのは10年後くらいだったと思う。ベイシーは84年に亡くなっているから、30年後じゃ全く計算が合わない。

これ、人に聞いた話を自分が納得できるように都合よく解釈してしまう、再構築してしまう、という好例じゃないだろうか。
たぶんこういったいい話は、タレント性を考えるとタモリ自身では話さないと思う。ということは、今後この話が一人歩きして事実として語られてしまう可能性がある。さてどうなるだろうか。
あっ、でも、ひょっとすると、タモリが話を加工して語った可能性もあるかもしれないな。

そうそう、ベイシーの店主の本がちょうど出ていた。どうやらオビの推薦文を書いたのがタモリらしい。タイムリーなのでさっき注文してみた。なにか関連することが載っていたらここで報告することにしよう。

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確率〜トレードと人生においての使い分け2

続きである。最後に書いた「バットタイム、バットチャンネルで!」は、オッサンにしかわからない。それもぼくの世代よりもずっと前だ。なんでこんなセリフで引きにしたのかはわからないな。酔っていたのかね。

さてヨタはそこそこにして本題にはいろう。
まずはおさらい。ベールで隠された3つの賞品の中から選んだ1つがもらえるゲーム番組。最初にあなたが選んだのは1番。ここで司会者は2番をオープンし、それはハズレだった。司会者は「3番に変えてもいいよ」と聞いてくる。さて1番のままがいいのか、3番に乗り換えるべきか?

確率的に正しい行動は、昨日書いたとおり「3番に変える」である。
あなたが最初に1番を選んだとき、当たりの確率は1/3である。これはだれでもわかる。そして選ばなかった2番と3番のどちらかに当たりがある確率は2/3だ。
さて、このあと司会者が2番をオープンすることで確率は変わるであろうか? もちろん確率は変化しないのである。司会者はいつもハズレのほうをオープンして解答者に「変えるか?」と問いかけるのだから。
したがって、この段階で3番のベールに当たりがある確率は2/3になるのだ。

「変えても変えなくても確率は同じ」と思ってしまうのは、司会者が「3番に変えてもいいよ」と言った瞬間、どちらも50%の確率だと錯覚してしまうからだろう。


さて「確率的にはこっちが有利だ」とわかったところで、これを人生において応用できるとは限らない。なぜならこのようなクイズ番組に出演できる機会は、一生のうちに1回あるかないかだろう。試行回数の少ないものは、確率の範囲に収まるわけがないからだ。
本来こういった優位性が応用できるはずのトレード(相場)やギャンブルでも注意しなくてはいけないことがある。それは…。

え〜、少々ノドが渇いてまいりましたので、ちょいとここらで中入りとさせていただきます。
〜まだ続く
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確率〜トレードと人生においての使い分け

『新マーケットの魔術師』という良い本がある。
その中でオプショントレーダー「ジェフ・ヤス」の項目から、興味深い内容を少し紹介してみる(P414〜)。

テレビのゲーム番組に出演していると思ってください。ベールで隠された3つの賞品の中から1つを選びます。あなたが選んだのは、1番の賞品です。
司会者は、「OK、キャロル、2番の商品を開けてください」と言い、アシスタントがベールを取ると、どうでもいいような品物です。司会者は何番の賞品が高価なものか知っているのです。したがって、彼はベールを取る順番を心得ているのです。
ここで司会者は「3番に変えますか?」と、聞いてきます。1番のままでいいのか、3番に乗り換えるべきなのか?


ふつうは「変えても変えなくても確率は同じ」と思うだろう。ぼくもはじめて読んだときは思った。
しかし、このときにとるべきの正しい行動は「こういうときは必ず3番に変える」となるのであった。
どうしてだか、わかりますか? 

じゃあ、それがわかったところで、実生活で有利な確率のほうを常に選択できるのかっつーことも含めたこの続きは、あとのバットタイム、バットチャンネルで!

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ネット社会が現実社会に影響するとき

4月21日の日記に出てくるカメラマンの富野君から昨日メールがあった。

彼とバーテンダー鈴木氏が出したカクテル本の紹介をしたんだが、ちょっとびっくりすることが起きた。
なんと「vagabond細田のブログを見て来た」と、鈴木氏の古いお客さんが2人ほどバーに来たんだそうだ。それっておれとも面識ある人なのだろうか? なんだか不思議な感じがするな。気になるので自己申告してほしい、よろしく。

さて、本のために撮った写真を使って、ホテルのラウンジで写真展をすることが決まったそうだ。今は準備中で、6月頭の予定で動いているらしい。期日が決まったら、下のサイトにアップされるらしいので、気になる人はチェックするべし。
http://www.bartenderschool.jp/

しかし、糸井重里じゃあるまいし、たいして読者のいないぼくのブログで2人もバーに行ったとは「けっこうおれって、影響力あるのか?」などと勘違いしてしまいそうだぞ。もちろん、オノレを知っているのでしないがね。しかし2人というのがリアルだよな。

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鈴木 隆行

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好景気の波ふたたび2

いちおう2日の日記の続きである。
2000年以前の新宿小滝橋通りには、低層の雑居ビルばかりが集まっているので小さめの会社がたくさんあった。また、新宿ロフトがあった関係でインディーズのレコードや、海外ロックの海賊版を売る店が多かった。また、専門学校がいくつかあったが、どちらかというとマニアックなことを教えるところが多かった。そんなことからぼくらは「オタッキー通り」と呼んでいたことがある。
このように同じ新宿でも、歌舞伎町のようなにぎやかさはなく、高層ビル街のような先鋭感もなく、御苑のような大人のムードもなく、まぁハッキリいえばぱっとしない通りだったのだ。すでにずいぶんな様変わりをしたが、まだまだ開発の手が休まることはないようだ。

小滝橋通り2


小滝橋通り1


小滝橋通り三叉路


小滝橋通りでも大ガード寄りにあった名物のデカイ鰻屋の提灯がないなぁと思ったら、そのビルが壊されていた! また、隣にあった龍生堂薬局が日産センチュリー証券に変わっていた。以前この近所にあった(現東邦銀行の場所)日産証券はバブル崩壊後に撤退したはずだが、対面取引で今度もやっていけないのでは、と思う。もっと大久保方面にも再建築のビルを発見。もはや元の建物がなんだったかが思い出せない。さらに、通りをはさんだ手前の三叉路にも大きなビル工事の看板があった。これらはみんな今年になってからの動きだ。

百人町交差点2


百人町交差点


税務署通り5巨泉


小滝橋通りと税務署通りがぶつかる北新宿百人町交差点。税務署通りは一方通行ではないのにもかかわらずとても狭い通りであった。この通りを青梅街道までつなげるとともに拡幅する工事もずいぶん前から行われており、やっと部分開通したのが2006年6月。この交差点近くにはしばらく店舗が廃墟のごとく残っていたのだが、ついに2007年4月になって取り壊された。写真は「なんだこりゃ!」とだれもが思った時期のもの(残念なことにうまく撮れていない)。

税務署通り1


税務署通り3BMW


税務署通り2風呂屋跡


上の3枚は税務署通りを進んでいって青梅街道の少し前あたり。シュールな風景である。フォルクスワーゲン新宿は2004年暮れには税務署通り〜青梅街道が開通して交通量が多くなることを当て込んでここに引っ越してきたと思われる。さぞかしアテがはずれて困ってるだろう。銭湯跡(吉野湯)は取り壊されたあとも、タイル画だけまだ残っている。通りが拡幅完了した後も残すのだろうか。そのままだとおもしろいんだが。

北新宿1いま


北新宿6 2006年9月


北新宿32004年


北新宿2丁目の蔦が絡まりすぎてウルトラセブンの怪物になりそうな見た目にもオソロシイ建物が、ついに撤去された。
あちこちに柵があって同じアングルで撮影できないのでわかりづらいが、一番上の写真が現在。2番目が2006年6月。下が2004年暮れだ。人がいなくなった家はすごいことになるのがよくわかる。オソロシイ。まだまわりには蔦が増殖しまくるアパートが残っている。

写真の解説だけですでにこんなに長くなった。続きはまたそのうちにする。

カーメン・マクレエのすごさ

カーメン2


今回はジャズヴォーカルCDのオススメである。
紹介するヴォーカリストの名は「カーメン・マクレエ」。

かつては、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドとカーメンが三大女性ヴォーカルと呼ばれていた。ぼくは個人的には晩年のサラがいちばん好きなのだが、カーメンによる1968年、1971年のライブ盤2枚は最高であった。
今年になるまでそれに気づかなかったぼくは大バカ者である。

カーメン1


たいがいのジャズ本によると、彼女の代表作は『ブック・オブ・バラード』(写真上段右上)となっている。当然それも聴いてはいるし、CDも持っていた。だが50年代のこのへんの紐付き(ストリングス付きのこと)バラードアルバムは全曲聴くとけっこー退屈なのよ。
本当に歌がうまいと思うし、感動的でさえあるのだがアルバム途中くらいでかったるくなって「よくわかりました。もうけっこうです」という状態になっていたんだな。
しかし、ひょんなキッカケで買った、今回オススメするライブ盤2枚が最高で完全にノックアウトされたのだ。

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そのうちの1枚『グレート・アメリカン・ソングブック』は一般的にも名盤扱いとなっているようでよく知られているが、『カーメン・ライヴ・アット・センチュリー・プラザ(完全盤)』がさらにイイ。ぼくはこれを聴いて『グレート・アメリカン・ソングブック』も急いで買ったのであった。写真の『カーメン・マクレエ・ライヴ〜ジャズ・スタンダードを歌う』は86年の東京でのライブDVDで、映像付きなのはうれしいんだが残念ながら内容はちょっと落ちる。

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ジャズを聴くのが慣れていない人でも、スタンダードナンバーとともに、サイモン&ガーファンクルや、ビートルズ、スティービー・ワンダーなどの歌もあるのでとっつきやすいしカーメンのすごさがわかりやすいだろう。

たとえば『ライヴ・アット・センチュリー・プラザ』の1曲目について書いてみる。この「夢見る喋々(ELUSIVE BUTTERFLY)」という曲はボブ・リンドというシンガーソングライターの当時のヒットチューンらしいのだが、この演奏がまた素晴らしいデキなのだ。

観客の拍手があり、そこにすぐベースがボボボンボボンボと入ってきて、ミディアムテンポを提示。気持ちよくグイグイくるベースラインが聴き手を「ハッ」とさせ、これからのステージの期待感を高めていく。
10秒あたりでカーメンが「Tyank you very much, Ladies and gentleman. A very good evening to yo.」とあいさつをし、一呼吸あってからすぐに歌い出す。
「♪You might wake up some morning〜」しばらくベースとのデュオ。
36秒ころ「♪Out on the new horizon〜」スネア一発とともにドラムが入ってくる。しばらくはタイコはぐっとガマンでハイハットシンバルのみをチキチキ。あいかわらずベースは同じくブンブンと素敵なラインをとっている。
サビ前の終わりあたりでシンバルがスツツツツツときて軽くブレイク。
1分すぎ「♪Don't be concerned, it will〜」のところで再びスネア一発後にやっとピアノが入ってくる。ここではじめてバックがピアノトリオ編成になるわけだ。ドラムはあいかわらずチキチキというシンバルワークのみで、ピアノは淡々としたバッキング中心。
1分20秒あたりで1コーラスがおわるとともに、ストトトトトとはじめてドラムロームがありシンバルワークはスチンスチンとはねるようになり、タイコも自由に叩き出す。ベースはあいかわらず強力なラインを取り続け、ピアノのバッキングも強めになり全体がどんどん盛り上がっていく。
そして全体を通したカーメンによる圧巻の歌唱。スィングしまくって、あっというまの2分53秒である。
とにかくうまいだけでなく楽しいのだ。「ザッツ・エンターテインメント」である。しかも、アルバムに収録されている曲すべてが絶品だ。

音楽好きならジャンルにこだわらずぜひ聴いてほしい一枚。いや絶対に聴け!
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